親が子どもを「物で釣る」ことと「ご褒美を与える」ことの違いについて考えてみました。

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「スイミングのテストに合格したらお祝いしよっか」

今年に入ってから子ども達はスイミング教室に週2回通っています。

来週初めての進級テストがあるのですが、私は思わずこんな事を長男に言ってしまいました。

長男は「お寿司屋さんに行きたい」とのことだったので、「テストに合格したら(回ってるところに)行こうね」(カッコ内は心の声)と約束したのですが…。

よくよく考えると、私のこの発言って「物で釣って」長男のやる気を引き出そうとしているのではないかと考えてしまいました。

ですが、受験に合格したりすると家族でお祝いしたりご祝儀をもらったりしますよね。

この違いはなんなのか。

今日はそんな「物で釣る」ことと「ご褒美」の違いや、子どものやる気の引き出し方について考えてみたいと思います。

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物で釣ることの子どもへの影響

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「うちの子、最近習い事に行くの嫌がって困ってるの」

そういうママさんの話って結構周りでも聞きます。

習い事も思うように上達しなかったり、仲の良いお友達がやめてしまったなどさまざまな理由で、子どもにとっては苦痛の時間になってしまいます。

そこで子どもにやる気を出させようとして「頑張ったらゲーム買ってあげるから!」とか言ってしまうことってないですか?

または、学校のテストなどでも同じで「取った点数の分だけお金をあげる」と子どもに約束しているというママさんの話も聞きました。

このような魅力的な報酬を提示されれば、子どもは当然やる気になります。

やる気になって、結果習い事や勉強の上達に楽しみを見いだせればこのような方法も悪くはないのでしょうが、怖いのはこのようにそもそもの目的を子どもが見失ってしまうことです。

「練習すれば上手くなる」「勉強すれば分かることが増える」ではなく、「何かすれば自分の欲しいものがもらえる」という認識を子どもが持ってしまうことに問題があると思います。

このようにして育った子どもは、何かにつけて見返りを求めてくるようになるそう。

お手伝いをお願いしても「それしたら何くれる?」というふうに、自分がした事に対する対価がなければ行動できない子になってしまう可能性があります。

また、子どもの金銭感覚を養う意味で「お手伝いをしたら1回10円」などとお小遣いを報酬制にしているご家庭もあるかと思います。

お金の価値を教えるという面では有効な手段かもしれませんが、このやり方も子どもによっては「労働=対価」とストレートに捉えてしまうため、例えばお母さんが病気で動けない時でもお手伝いをお願いしたら「いくらくれる?」などと言ってしまう子も中にはいるんだそうです。

「ご褒美」と「物で釣ること」の違い

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私たちが暮らす社会というのは、基本ギブアンドテイクの関係で成り立っていると言えます。

会社で働くことなどがそうです。

生活していくための金銭を得る目的で、人は企業に雇われ働きます。自営業であれば、何かを作り生み出した対価を代金としてお客様から受け取ります。このような環境があってこそ、私たちの生活は成り立っているわけです。

「じゃ、子どもを物で釣るのも悪くないんじゃない?」

「お金をもらうために頑張るって教えられるじゃない」

と思うかもしれませんね。でも、この「物で釣る」という親の行動は、子どものモチベーションの引き出し方に問題があるような気がしてなりません。

「頑張れば、高得点をとればお金がもらえる」というのは、子どもの頃なら通用します。子どもが頑張りさえすれば、親はそれを必ず叶えてあげられるからです。

が、社会では頑張っても、好成績を上げても給料に反映されないことなんてザラです。

そこには、子ども時代の「物で釣る」過程では存在しなかった、「人間関係」などの大人の事情が社会では絡んでくるからです。

理不尽なことで自分の努力が報われない時、物で釣られてがんばれていた子どもはどうやってやる気を維持していけるのでしょうか。

自分以外の誰かが提示してくれた目標に向かっていた子どもは、自分で目標を立てられなくなります。

これが子どもを「物で釣る」ことの一番の弊害だと私は思っています。

一方、「ご褒美」というのは、子どもが頑張った過程に対する対価だと私は考えています。

先述した、受験の合格祝いにご祝儀をあげるなども、子どもが「あそこの学校に行きたい」という思いから受験期間を乗り越え合格するまでの過程を労ったものです。

家族・親戚集まって祝宴を開いたりするのも同じ意味ですよね。

努力の過程を褒めてもらえた子どもというのは、「自分のやってきたことは正しかったんだ」と改めて自分に自信が持てるようになり、たとえ挫折があったとしても、目標設定をしなおして自ら進んで行ける「生き抜く力」が身につくように思います。

私が子どもの頃は、ほんと母親から褒められるという経験が少なくて、今でも覚えているのが小学生の時に社会のテストで100点をとって喜んで帰ってきて母親に見せたところ「国語・算数以外で100点とってもしょうがない」と一括された経験です。

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もはやこれは論外な話なんですが、今の私だったら、もし息子が100点をとって帰ってきた場合、「すごいね」ではなく「よく頑張ったね」と言ってあげたい。自分が努力を認めてもらえなかった過去があるので、子どもには同じ経験をさせたくないと思っています。

「結果」を重視するのが「物で釣る」行為で、「過程」を重視するのが「ご褒美」だと私は認識しています。



「ご褒美」はどんなものにすべきなのか

私は、家族みんなで楽しめるものが「ご褒美」にふさわしいのではないかと思っています。

ちょっと贅沢なお食事に家族で行く。旅行に行く。

「物で釣る」場合って、基本子どもが個人で遊べる物が多いような気がします。

それだと、自分の欲求のみを満足させるための手段に「習い事」「勉強」が用いられることになるので、そこもあまり良くない点かと感じています。

仮に「物で釣る」ということでも「テスト頑張ったら遊園地行こうね」と言った場合、当日は家族みんなで遊園地に行くことで、「今日はお祝いだね」と子どもの頑張りを認めてあげることにつなげられます。

これが単にものを買い与えるだけでは、家族で子どもの努力を祝うという雰囲気にはなりづらい。

そして、親の声掛けのタイミングも「ご褒美」か「物で釣る」かの分かれ目になるように思います。

私はこの点今回失敗したと思っているのですが、「ご褒美」としたいのだったら、私は長男にテストの結果が出てからお祝いの希望を聞くべきでした。

これをテストより先に聞いてしまえば、それがたとえ物でなくても「物で釣る」感は拭えません。

母親7年目の私。まだまだいろんな失敗やらかしてます(笑)

お寿司を楽しみにしている長男ですが、スイミングの進級テストに合格した際は、長男が頑張ったところをたくさん褒めてあげようと思っています。

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福岡市在住の主婦です。
毒親育ちが発達障害児を育てています。
2016年から ブログ始めました。
人間関係や子育てに関する日々の気づきを、独断と偏見まみれの記事で更新中。
ビュッフェと直売所に頻出します。
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