発達障害児の子育ては何が大変なのか。自閉症スペクトラムの次男の例。

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「発達障害児の子育ては何がどう大変なのか」

最近、このような疑問から私のブログを訪れてくださる方が多いようです。

そう言われると、私はこの問いに対しての自分の考えを記事にしたことはまだありませんでした。

次男は現在5歳。自閉症スペクトラムと診断されています。

こだわりが強く、激しい癇癪を起こすという特性を持っています。

今朝も機嫌よく園バス乗り場まで向かっていたところ、途中で蹴つまづいてコケてしまい、その後バスが来るまで荒れ狂っていた次男。

多くの子どもはコケたら泣くものでしょうが、それは「コケて痛かった」とかそういう理由だと思います。

ですが、次男の場合はそうじゃないんですよね。

コケた事自体がいつもの流れと違うため、彼の中で消化できないんです。それが癇癪という形で出てしまいます。

こんな些細な事で気分が崩れてしまう次男との生活は、そりゃ大変の一言につきます。

親としては常に薄氷の上を歩いているような感覚です。

ですが、「発達障害児の子育ての何が大変か」と聞かれれば、それは主に2種類「身体面」と「精神面」での大変さに分けることができると考えています。

今日はそんなお話です。

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身体面の大変さ

発達障害児の子育てで親が感じる身体面の大変さというのは、子どもの特性によるものが多いです。

多動・突発的な行動への対応

発達障害児というのは、動きが突発的で激しい子が多くいます。

これも発達障害児の全てがすべてそのような特性を持っているわけではないのですが、いわゆる多動(じっとしていられない・待てない)といわれるお子さんが多い印象があります。

多動は親が我が子の発達障害に気づくひとつの要因でもありますね。

そんな多動傾向にある子というのは行動のスピードも早く、また先の読めない行動をするため、親は一緒にいると常に振り回されてしまいます。

次男の場合多動はそれほど強くはないのですが、癇癪を起こした時に突飛な行動をとることがあり、それに対応するのはかなり大変です。

パニックとも言えるかと思いますが、急にその場からいなくなってしまったり、もっと幼かった頃(2歳台)は後頭部を地面に叩きつけるという自傷行為もありました。

慣れてくると、次男が癇癪を起こした場合こちらも「くるな…」と心の準備ができるのですが、それでも癇癪の起こった場所や状況によって次男の行動も変わってくるため、その対応も一筋縄ではいかずかなり大変です。

ただ、子どもの行動面での大変さというのは、発達障害児に限ったことではないとも感じています。

次男の場合その程度がやや(かなり?)激しくはありますが、定型発達の長男も幼児期の行動は激しく大変でした。

男の子育児あるあるかもしれませんが、長男も気に食わないと癇癪を起こして暴れていた時期は確かにありました。

小学生になった今でも動きは激しいですしね。

そういう意味では発達障害児を育てたことがない方にとっては、「うちの子も男の子だったけど、激しくて大変だったよ~」と言いたくなる気持ちもわからなくはないです。

私も次男を育てていなければ、長男に対して同じような思いを持っていたことと思います。

ただ、発達障害児の場合はその行動の原因に特異性があるため、親としてはより一層「大変感」「疲労感」が増してしまうのではないかと思っています。

特性による日常生活への影響

発達障害児はその子独自の特性を持っているものです。

それが家族全体の日常生活に影響を及ぼすことも多くあり、それが親としては身体への負担として感じられる場合も多々あります。

例えば「睡眠障害」などがそうです。

これも全ての発達障害児にみられる特性ではありませんが、我が子が「夜中に何度も起きてしまう」「夜中に起きて数時間暴れている」などの話を私も療育ママさんから度々聞くことがあります。

親としてはそんな子どもに付き合って、慢性寝不足状態なのだとか。

我が家の次男は睡眠に関してはありがたいことに「秒速入眠+朝までぐっすり」というスタイルのため、このような睡眠障害のあるお子さんの話を聞くと、保護者の方のご苦労は計り知れないと感じます。

また、人ごみが苦手でそのような場所に行くとパニックになるお子さんの場合は、日頃の買い物も満足に出来なかったり、家族でレジャーを楽しむ事ができないという不自由さもでてきます。

多くの人が当たり前にできていることが、自分達にはできない。

これに関しては精神的な疲労もさることながら、子どもに合わせた日常生活を送らざるをえなくなることが親の身体的負担を増していきます。

聞いた話ですが、衣服にこだわりのあるお子さんで、靴が全く履けないという子がいました。

その子とのおでかけは靴が履けないため、親が常に抱っこの状態なのだそうです。

体も大きくなってきたから抱っこにも限界がある…と親御さんは悩まれていましたが、このように発達障害児はそれぞれが独自の特性を持っていて、その影響で親の日常生活にも支障をきたしている場合が多々あります。




精神面での大変さ

このような身体面での大変さというのも発達障害児の子育てにはあるのですが、それ以上に親にダメージを与える存在として精神面での大変さがあると私は思っています。

周囲の無理解・誤解に疲れる

発達障害児への誤解や偏見は、発達障害児を育てている方なら一度は経験したことがあるのではないでしょうか。

■親の躾が悪いんじゃないの?
■わがままに育てすぎたんじゃない?

こういう事は、実の両親や舅姑など、意外と身近な人から言われる事が多かったりします。

発達障害というものを知らない人にとっては、子どもの特性というのが親の関わりや環境によるものと思ってしまうこともある意味仕方のないことかもしれません。

ですが、発達障害について学び、療育にも通わせ、少しでも子どもの発達が伸びるようにと努力している親にとって、このような周囲からの言葉がけというのは想像以上に精神的に堪えるんですよね。

私も姑から似たような事を言われた時、ショックのあまりホルモンバランスが狂ってしまい、しばらく婦人科のお世話になっていました。

「発達障害というのは親の関わりやメディアの視聴や予防接種などが原因ではないことが研究で明らかになっています」と療育園の勉強会で医師から聞かされていても、親としては我が子の発達の状態に多少なりとも自己責任を感じているものなのです。

それを無理解な外部の人間が親の心の隅っこにある小さな自責の部分を突っつくことで、親はそんな自分を更に責め、苦悩し続けることになります。

このような精神的な大変さへの対処法として私が身につけたのは…

■世の中全ての人に我が子を理解してもおらうと思わない
■少しの理解者がいてくれればそれで良し

という思考です。

同じ境遇の方とお互いの苦労をさらけ出しあったり、一緒に成長を喜んだりすることで、親である自分自身の心も随分救われる気がします。

そういう意味でも療育園という存在は、とてもありがたいものだと実感しています。

子どもの将来を悲観してしまう

これまでお話してきたように、発達障害児との生活は大変な事が多いです。

発達にも個人差があり、苦手な部分に関しては非常にゆっくりにしか成長しないという特性もあります。

そんな中、日々苦悩の連続だと「この子の将来はどうなってしまうのだろう…」という心配が親の心に常に重くのしかかった状態になります。

私もそうです。

次男のこだわり・癇癪はいつかなくなるものなのだろうか。

成長し、体が大きくなっても癇癪が続くようなら、私はそれにどう対処すれば良いのだろうか…など、次男の将来を悲観することも少なくはありません。

このような精神的な大変さも発達障害児の子育てではつきものだと思います。

ですが、私はそのような悩みや心配がある場合、療育園の担任や担当医師に相談したり、同じような特性を持つ発達障害児をすでに育て上げた先輩ママさんのお話を聞くようにしています。

勉強会では「癇癪はいつかおさまるものなのでしょうか」と医師に質問したこともありましたし、先輩ママさんの「中学生になって急に落ち着きがでてきた」などというお話を聞いて希望を持てたこともあります。

もちろんそれぞれ個性のある人間の話ですから、皆が同じような成長を辿るとは私も考えてはいません。

ですが、不安な事は心に溜め込んで置いたままではずっと不安なままです。

信頼できる人に意見を求めたり、その不安を吐き出せる環境を持つということは、親の精神状態を保つ上で大切なことだと思います。

子育ての大変さを比較するのはナンセンス

良く見聞きする議論で、発達障害児と定型発達児の子育て大変さ比較があります。

発達障害児の親は「うちの子こんなに手がかかって大変」というものの、それを聞いた定型発達児の親は「うちも同じ!うちもこんなに大変なの」と返すことで、発達障害児の親は「絶対うちの方が大変なのに、何もわかってないよね」と思うようなパターン。

発達障害児の親としては、悪気のない定型発達時の親に対して敵意をも抱いてしまう瞬間かもしれませんね。

ですが、私は最近よく思うのですけど、この子育て大変さ比較ほどナンセンスなものはないんじゃないか、と。

どの親も子育てに苦労している事はおそらく間違いないんです。

単純に比較できるものではないんですよね。

親から見れば「この子はなんて育てにくいんだろう」と思っていた我が子が、他人から見ると「お利口さんよね」と言われることもあったりするのが典型例です。(社交辞令もあるでしょうが…)

同じ療育園のママさんから「次男くんはいつもニコニコして落ち着いているから、そんな癇癪があるなんて思ってもみなかった」と言われる事、実は多いです。

私も逆に「この子、どこに困り感があるの?」と思っていたお子さんでも、実際にママさんから「ひどい癇癪があるの」という話を聞いて驚いたこともあります。

また、自閉症で発語や笑顔が全くなく非常におとなしいお子さんがいるのですが、そのママさんが「一緒にいる時間が長いと、イライラして(子どもを)怒ってしまい大変」と仰っていたのに驚いたこともあります。

「おとなしい子=子育てに苦労しない子」というのはまた違う話なんですよね。

次男のような癇癪持ちの子がいる私にとって、おとなしい子というのはそれだけで子育てがしやすいように感じていたのですが、子育てというのは実際している親にしか分からない苦労というのは絶対あるものです。

他人が外から見聞きして比較できるほど、子育てというのは単純なものではないと思っています。

そういう意味で、子育ての大変さというのは主観であって良いのです。

定型発達児を育てているママさんが「子育て大変なの」と愚痴っても、目くじら立てて非難する必要もない。だって、そのママさんにとっては本当に大変な思いをしているのでしょうから。

子ども1人ひとりに個性があるように、その子育てにもいろいろな苦労があるはずです。

比較する事をやめると気持ちがラクになる

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発達障害児の子育ては、確かに人一倍手のかかる部分があるというのは実感しています。

コケただけ、洋服が濡れただけ、ご飯がこぼれただけ…こんな理由で激しい癇癪が1時間以上も続くのです。

親としては身体的に大変な面は多々あります。

ですが、これはもうどうしようもないとも思っています。だって、次男が持って生まれてきた性質なのですから。

療育園からも言われていますが、親としてできることは、避けられる癇癪は避けるよう配慮するくらいです。

ただ、こんな次男の子育てによる精神的な大変さは回避する手段があるんですよね。

それが「比較しないこと」です。

周囲の無理解や誤解も世間の目を気にした結果…

■外ではおとなしくできる年頃なのに、なんでうちの子はできないの
■あの子はもうこんなこともできているのに…

と誰かと比較してしまったことで、親は更に精神的に追い込まれてしまうと思うのです。

私もこんな風に書いていてあれですが、やはりふとした時に比較はしてしまいます。

次男が定型発達児であれば…と考えてしまうこともあります。

ですが、そんな時は「これが我が子なんだ」と受け止めることで、気持ちがフッと軽くなるものです。

現実逃避をしても目の前にいる次男はやっぱり次男。

良いことも悪いことも含め、ありのままの次男を受け入れることで、また次男としっかり向き合おうと前向きな気持ちになれます。

発達障害児の子育ては大変なことも多いですが、避けられる大変さは避けながら、家族のペースで子育てをしていこうと自己へのいましめも込めて今回は書いてみました。

福岡市在住の主婦です。
毒親育ちが発達障害児を育てています。
2016年から ブログ始めました。
人間関係や子育てに関する日々の気づきを、独断と偏見まみれの記事で更新中。
ビュッフェと直売所に頻出します。

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