毒親育ちの私が毒親にならないために我が子と接する上で気をつけている4つのこと。

「毒親からの毒は連鎖する」

毒親について調べていく中、この文言はどのような書籍を読んでいても出てきました。

その度に私は…

我が子にとって私は毒親になってしまうのだろうか…

と不安になったものです。

私のような者が子どもを持って良かったのだろうか…

と考えたことも。

こういう思考回路になってしまう時というのは、日常生活に何らかの問題がある時で、多忙すぎたり次男の癇癪がひどすぎたりで、大抵の場合疲労困憊している時なんですよね。

私自身、精神的に余裕がなくなっている状態で、ついつい大声で子どもを叱ってしまったりした時に毒親であった母の姿が自分自身と重なって後悔してしまうのです。

ですが、あのような母と学童期を過ごしてきて自分の内面にどのような影響があったかを一番知っているのは私自身。

毒親育ちはどういう性格になるのか。自分の経験から7つの特徴について考えてみた。

母と同じような接し方をすれば我が子にどのような影響が出るかは身を持って理解しているので、「これだけは子どもにしてはならない」「これだけは欠かさない」と心に決めていることがあります。

私もさまざまな事情で感情的になってしまうことはありますが、毒親育ちの私が毒親にならないために気をつけていることを4つまとめてみたいと思います。

スポンサーリンク

1.過保護になる

これは日頃から気をつけていることですが、私はできるだけ子ども達には過保護に接するようにしています。

過保護と聞くと良い印象を持たれない方も多いかもしれませんが、この件にかんしては以前記事で書いています。

【毒親】過保護と過干渉の違いについて私が誤解していたこと。

過保護とはつまり、子どもが自ら発する思いに親ができるだけ応えてあげること。

これは「おもちゃが欲しい」「遊園地に行きたい」という子どもの希望をすべて叶えてやることではなく、「一緒に寝たい」「ちょっとこっちに来て」などという日々のちょっとした要求を可能な限り聞いてあげることだと私は思っています。

そうすることで、子どもは親が「自分を受け入れてくれた」と精神的に満足するのです。

私の場合、母からの意見ばかりを押し付けられるという過干渉な環境で育ったので、この「受け入れられた」という経験が極端に少なかったと今になって感じています。

物はなにかと与えられていたけれど、なんだかさみしいという感情を心のどこかで感じながら育ったのは、この過保護の部分を経験していなかったからだと思います。

認める

子どものすべてを「認める」ということも、私が我が子と接する上で大事にしていることの1つです。

結果がどうであれ、今の我が子のすべてを認めて言葉で伝えるようにしています。

きれい事のように聞こえるかと思いますが、私は過去にこの点で大きな失敗をしました。

それは、長男が地域のすもう大会に出場した時のこと。

町内会の行事だし、チャチャっとすもうとって終わりだろう…くらいに夫と考えていて、それなら次男を連れて参加しても大丈夫だと勝手にそのすもう大会をイメージしていました。

ところが、これがなかなか本格的なすもう大会で、神主様がやってきて土俵をお祓いするところから始まり、地域に関わるさまざまな人たちの挨拶、その他もろもろ伝達事項などが非常に多く、実際にすもうが始まるまでに軽く2時間は経っていました

次男もさすがに間が持たず不機嫌になりだすし、私たちも「いったい、いつ始まるんだ」とイライラが募るばかり。

そして、3時間ほどが経過した頃にようやく長男がすもうをとる番になったのですが、長男は自らやってみたいと言っていたわりには、ヘラヘラしながらあっけなく土俵の外に出て負けてしまったんですよね。

そんな長男の様子に当時の私はやる気のなさが感じられず、「なんでもうちょっと頑張らないの!」と強い口調で言ってしまいました。

今思えば、長男としては初めてのすもう大会で緊張もあったでしょうし、彼なりに精一杯がんばって土俵に立っていたのかもしれません。

親が見ている前で負けてしまったことに対する恥ずかしさもあったと思います。

ですが、その時の私はいろいろな状況もあって冷静でいられず、ついこんな傷つける言い方をしてしまいました。

この時の長男も私の攻撃的な言い方のせいか…

長男
だって相手が強かったんだもん!!!

と、普段は言わないような強い口調で言い返してきました。

子どもがその時どのような気持ちでいるのかということを親が察してやるのは、言うほど簡単なことではありません。

親自身のメンタルの状態もありますし、状況・環境…その他いろいろな理由でついつい思いやりに欠ける接し方をしてしまう事は実際あります。

なので、私は日頃から物事の結果だけで判断するのではなく、子どもの思い・気持ちを認めてやることの大切さは常に気にかけて生活するようにしています。

3.否定しない

そして、認めること以外に気をつけているのが、子どもを「否定しない」ということです。

これはもう、私もこのブログで何回書いてきたか分かりませんが、私自身が母から否定されながら生きてきたので、人から自分を否定される辛さは本当に身にしみて分かっています。

なにか1つの事で失敗しても、それを理由に「だからあんたは…」と自分のすべてを否定される。

どんな些細なことであっても、ヘマをすれば母からダメ人間のレッテルを貼られる。

次第に失敗することが怖くなり、失敗しないために自ら行動することも控えるようになる。

そんな消極的な様子も母から否定される対象となり、私はどんどん自分に自信がない人間になっていきました。

我が子にはそんな思いをして欲しくない。

自分の考え・意思で自分の人生を歩んでいって欲しい。

そういう思いが子ども達に対しては強いので、私は子どもの意思は否定しないようにしています。

ただ、日常生活で叱らなければならない場合というのはあるので、そういう時は「いけないという事実」だけを伝えるようにしています。

母のように、それを元に子どものいろいろな面を引き合いに出して、余計な事は絶対に言わないようにしています。

親が子どもを否定しそうになる時って、おそらく子どもが自発的に行動した場面がほとんどではないでしょうか。

子どもが自ら考えてやってみた結果がうまくいかなかったから、経験のある親としては「またそんなことして…」「失敗するに決まってるじゃん」と口を出したくなるものです。

ですが、子どもが成長していく上でこの自発的な行動というのが一番大切なのではないかと、私は個人的に感じています。

自分でやってみたいと思ってやった事と人からやらされた事では、その結果の受け止め方も違いますし、何より精神的な満足度が変わってきます。

他人に迷惑をかける事でなければ、命に関わることでなければ…と親も大きな気持ちで子どもをみていると、子どものことを否定する機会もそれほど無いのではないかと思っています。

謝る

私は、これまで1度も母から謝ってもらったことはありませんでした。

どう見ても母の勘違いなのに、母の間違いなのに…と子ども心に感じていても、母は私に対して「謝る」という行為はしませんでした

今思えば、子どもに対して謝ることで親としての威厳を保てないと感じていたのかもしれません。

もしかしたら、謝ることで私の方が母より優位に立ってしまうかもしれないと恐れていた可能性もあります。

ですが、私はこの母の「謝らない」という行為に対して、当時の私は大人のズルさを感じていました。

私に対しては、なにかあったら「謝らんか!」と言ってくるのに対し、自分自身の失敗やミスはいろいろと言い訳をしてごまかしてしまう。

では、私は一体何のために謝らされているの?と疑問に感じていました。フェアではない、と。

我が子に対しては、私は常に正直でいたいと思っているので、私は自分の失敗は必ず謝るようにしています。

先述したすもう大会の時も…

お母さん、さっきはひどい言い方してごめんね
待ち時間が長くてイライラして、つい言ってしまったの

と、その時の正直な気持ちを長男に話しました。

長男は、「いいよ」と言ってくれましたが、やはり何らかの心の傷は残っているだろうなーと、今でも思い出して胸が痛くなります。

親も人間、いつも完璧な存在ではいられないです。

そういう側面を理解してもらうためにも、私は子どもに対して謝るという行為は出し惜しみすべきではないと考えています。

親も人間、失敗してもいい

この世の中、失敗しない人間なんていません。

いつも理想の自分で、完璧な姿でいられれば良いのですけど、人間は感情のある生き物。

いつでも同じ精神状態でいられるという人の方が少ないかと思います。

子どもにとっては、そういう失敗や感情の起伏を親から受け入れられたという経験の積み重ねが、子ども自身の他人を受け入れる力に育っていくのではないかと思うのです。

そのためには、親自身の人間くさい部分も子どもに見せていくことも必要なのかなと思っています。

親であっても失敗もするし、泣いたり、精神的に不安定なこともある。

そういうのを、親自身が変なプライドで隠さずに子どもにさらけ出すことで、親と子のお互いが受け入れたり受け入れられたりする関係を築いていくことが精神的な成長につながると感じています。

ちょっと話は脱線しますが、次男のように失敗に対する不安が大きい子というのは、親が子どもの目の前でわざと失敗してみせるのも効果的と療育園で教わりました。

失敗しても大丈夫なんだよという対処法を学べると同時に、失敗しても受け入れてもらえるという安心感が持てるようになり、失敗に対するハードルが下がるようです。

子どもへのフォローを大切にしよう

毒親にならないために私が気をつけていることをまとめると…

子ども自身を尊重する

ということに他なりません。

それでも親は、時折その自尊心を傷つけてしまうことがあります。

毒親育ちの人はそういう時に「私も毒親になっているのでは…」と人一倍思い悩むのかもしれませんが、そう思えるうちは毒親ではないと私は考えています。

毒親は自分の事を毒だなんて思っていないですから(笑)

子どもに対しての行動で自戒の気持ちがあるならまだ大丈夫。

その後にしっかりフォローをすれば子どもとの関係性は崩れないと思います。

その一番大切な行為が、謝るということ。

また、その理由も正直に話せるとさらに良いと思います。

そして、もう一つ大事なのが「同じ失敗を繰り返さない」ということです。

思いがけず子どもを傷つけてしまったのなら、同じような状況になった時に同じ事を繰り返さないと親も肝に銘じておくことは大切です。

いつも完璧にはできませんが、日頃からの心がけで子どもへの接し方はずいぶん変えられます。

毒親育ちのみなさん。

悩むよりもまず行動です。

「私は絶対あんな親にはならない」と強く思いながら、子育てがんばっていきましょう。

福岡市在住の主婦です。
毒親育ちが発達障害児を育てています。
2016年から ブログ始めました。
人間関係や子育てに関する日々の気づきを、独断と偏見まみれの記事で更新中。
ビュッフェと直売所に頻出します。

スポンサーリンク
毒親育ちの私が毒親にならないために我が子と接する上で気をつけている4つのこと。
おひとり主婦のたわごとの最新ニュース情報を、
いいねしてチェックしよう!
♪ランキングに参加しています♪
♪クリックありがとうございます♪

にほんブログ村 家族ブログ 毒親へ にほんブログ村 子育てブログ 発達凸凹育児へ
スポンサーリンク

コメント

  1. なまえがなし より:

    コメント失礼します。
    おひとりさんは毒親にならないように気を付けている、気を張っていることと思います。文から察するに完全に非毒親な子育てだとは思えません。無礼で申し訳ありません。自分はこれだけ頑張っているからと毒親ではない事を信じているのでしたら、子供にとって辛いところがあるのではないかと思いました。

    自身も毒親に育てられ、克服しようとしたけど毒親になってしまった母と重なってしまいました。申し訳なく思っています。
    本人がどんなに努力しようが治ってなければ子供は辛いです。どうか自分の子育てが完璧だと思わないで頂きたいです。

    失礼な事を書いてしまい本当に申し訳なく思っています。そして目を通してくださりありがとうございました。

    • おひとり より:

      なまえがなし様

      ブログへのご訪問とコメント、ありがとうございました。
      非毒親な子育てとは何か。
      私自身もそこは実母との関係性を反面教師にしながら、でも時には立ち止まってその部分を省みる必要があることをなまえがなし様のコメントで気づかせていただけました。
      子供の性格も個性もそれぞれ違うので、どのような子育てが正解なのか私にもわかりません。
      自分が毒親育ちだからと言って、それと逆の子育てをする事が完璧な子育てとも思ってはいません。
      常に試行錯誤の毎日で、反省も多い日々です。
      毒親かどうかというのは、結局のところ判断するのは子供自身です。
      だからこそ、今の自分の子育てに結論が出るのは、我が子が将来親に対してどのような思いを抱くのかを子供自身が感じた時だと思っています。
      親によっていろいろな子育て方針があるでしょうが、私の中では「自尊心を傷つける子育てをしたくない」というのが一番の信念です。
      みなさん、さまざまなお考えの元で子育てをなさっているのでしょうが、それでも毒親が生まれてしまう現実。
      「毒親ではない」という思いよりも「毒親にならないためには」という思いで、私も日頃から子供と向き合っていきたいと思います。

  2. 春巻き より:

    見させていただきました。
    親としての接し方も学べることがあると思いますが、子供がいない私にとっては、人と人との接し方にもとても参考になります。
    姉兄が毒親のような教育をしていたら教えてあげなきゃいけませんし、それで喧嘩して仲が悪くなっても未来に気が付いてくれるような種を相手に植え付けることができるのなら、大切な家族ですから、言い合いも仕方のないことなのかなと考えています。

    もし子供ができたら、親の反面教師を常に意識して余裕のない時でも、深呼吸して気楽に教育したいと思います。

    親の口癖は子どものいない人間はダメ。
    それは間違っています。
    子供を育てることはたしかに大変ですし並大抵の努力ではないです。
    でも子供が居なくてもいい人間はいます。
    子供がいても子育てしない親もいます。
    なんとかして親にも変わってもらいたいものです。

    • おひとり より:

      春巻き様

      「○○でないとダメ」という生き方は、私個人の意見としては「無い」と思っています。
      一人ひとり持ち合わせた能力も特性も違うのに、決まりきった生き方ですべての人が生きていけるはずがないですよね。
      子供を育てることにしても、いろいろな理由で子育てができない人もいます。
      いろんな人がいろんな形で生活しているのが社会です。
      人間、どうしても自分を基準に物事を考えがちですが、相手の存在を認めるということは大事なことですよね。
      私は次男が我が家に生まれてきてくれたことで、このことの大切さに気づくことができました。