私が実家に帰省するのは、年に4回程度です。
盆正月と田植え・稲刈りの手伝いの時くらいです。
これに、実父から実家の地域の祭りに誘われた時のみ帰省したりもしますが、こうやってみてみると実家を訪れる回数というのは決して多い方ではありません。
その理由は、ひとえに…
毒祖母に近寄りたくないから
の一言に尽きます。
今は亡き実母も毒持ちだったという話は過去何度か書いてきましたが、祖母は母を上回る超猛毒です。
クラゲに例えると、カツオノエボシ。
貝だとアンボイナです。
そして、現在も特に大きな病気などすることもなく、元気にご顕在。帰省の度に、私たちに毒を振りまいてきます。
主人曰く、「俺が今まで生きてきた中で、最強クラスの人間」という祖母にこの正月も会ってきたのですが、まーそれはそれは相変わらずの毒っぷりでした。
※2016年の毒祖母エピソードについて気になる方はこちらもどうぞ↓
「毒親育ちが毒親になる」と気づかせてくれた毒祖母とのお正月エピソード
祖母のおかげで、集まった親戚一同毎回てんやわんや…。
ただ、祖母の毒というのは随分前から気がついていたことなのですが、私は今回の正月帰省の様子をみていてとあることに気がつきました。
「毒親の特徴は受け継がれるのだろうか…」
それはあるひとりの伯母の発言がきっかけでした。
今日はそんな「毒親の特徴は代々引き継がれていくものなのか」ということについて、私なりの考えを書いてみたいと思います。
2017毒祖母のお正月エピソード
私の実家は祖父母と父の3人暮らしです。
祖父母は共に90歳オーバー、父も70代と、現役老老介護世代なのですが、老人たちの暮らしというのは、とにかく日常生活の全てを早め早めに終わらそうとするスタイルです。
具体的に言うと、お風呂は15時半くらいに入り、夕飯は16時半くらいから食べ始め、その後片付けなどをして18時には寝床についてしまいます。
私たち家族が帰省した時にもこの生活スタイルに付き合わされるため、実家に泊まりで帰省しなくなったのもここに理由の一つがあるのですが、今年の正月もそれは同じでした。
昼前くらいから親戚が集まり始め、みなで会食。
顔を合わせるのも久しぶりなので、私もいとこなどとの話も弾みますし、子ども達も久々に会う親戚の子ども達と遊ぶのに夢中になっていました。
ただ、祖母だけは時間が経つにつれ、次第にイライラした様子を見せ始めるようになります。
15時くらいになった頃、祖母は「そろそろ帰る支度をしろ」と言い始めました。
最初は「お前たちの帰りが心配」「暗くなると危ない」などと言っていましたが、私には祖母が私たちを早く帰らせたい理由は分かっていました。
「あ、そろそろ風呂に入りたいんだ」
そこで私は「まだ帰りは大丈夫だし、高速も渋滞してるから、もうちょっと経ってから帰る」と話しましたが、祖母には私の話は理解できない様子。
「はよ帰れ」「全部片付けて帰れ」を繰り返すばかり。
他の親戚も私と同意見で、もうちょっと後の方が帰りやすいからと雑談していたら、祖母がついに大声で…
「たまには言うことを聞け!」
と怒鳴り上げました。
たまには…って(笑)
私たちも実家の生活スタイルを尊重して、15時前に切り上げれば良かったのかもしれませんが、その日は親戚一同集っての新年の初顔合わせ。
祖母の言うことを聞いていると、親戚とは実質2~3時間も会えません。
「正月くらい…」という親戚一同の思いが悶々と漂うなか、皆はそれぞれの帰路につきました。
祖母にとっては、周りの思いや空気よりも、自分の都合が一番大切なのです。
とある伯母の毒疑惑エピソード
母には兄弟が数人います。
その中のある伯母が今回の正月の集まりに娘と孫(男児)を連れてきていたのですが、私はその伯母の発言にかなりの毒っ気を感じました。
親戚みなで談笑していた時のこと。
今年中学生になるその孫に我が家の主人が「部活、何に入るか決めた?」と聞きました。
すると、その子は気恥ずかしそうな表情を浮かべながら、無言で顔を横に振っただけでした。
その時、すかさずその孫の祖母である伯母が一言…
「あんたは書道部にしなさいよ」
と言ったのです。
「字がきれいになる」
「時間も運動部ほど遅くならない」
「あんたに合っている」
などなどさまざまな理由を並べていましたが、その発言内容はすべて伯母の主観。
そこに孫自身の意思は全く反映されていないと私は感じました。
その孫である男の子も、またその伯母の娘もそれに対して何か言うでもなく、ただ黙って聞いているだけ。
私はこの様子に、かつての自分を見ているようでした。
「あー、私も子供の頃、母からよくこんな風な言われ方していたなー」と。
自分で何かを決めようとしても、外野が「それはダメ」「違う」「合わない」などと何かに付け否定してしまえば、子どもは次第に自分の意見を言わなくなります。
言わなくなれば、自分で考えなくなります。
考えなくなれば、自分が何をしたくて何が好きなのかわからなくなります。
そうなってしまうと、その子どもは言われた事を反射的に受け入れるようになってしまうのです。
「たしかにお母さん(おばあちゃん)の言うとおりかもしれないな」
「まあ、自分で考えるの面倒だし、どっちでもいいや」
ですが、こういう子は年を取るごとに「なんかお母さん達の言ってること、おかしいような気がする」と思い始めるようにもなります。
ただ、それまでにすでに受身の体制が出来上がってしまっているので、なかなか自分の考えというものを持ち辛くなっていると同時に、親はちょっと離れていこうとし始めている子どもを離すまいと更に過保護・過干渉を畳み掛けてくるため、次第に共依存の関係に陥ってしまうのです。
その伯母の娘というのが、私からみると完全に共依存な状態です。
結婚して親元から離れているものの、ご主人の転勤があれば伯母は一緒について行って、数日泊まり込みで引越しの手伝いをする。
娘夫婦の新居の家具も伯母がすべて購入・コーディネートする。
娘の洋服も未だに伯母が買い与えている。(この日も親子リンクコーデでした…)
お互いがそれで苦痛でないなら他人がとやかく言う問題ではないのですが、この日の伯母と孫の様子をみていると、私はなんだか心にモヤモヤ引っかかるものがありました。
「この男の子の心が病んでいかなければ良いんだけど…」
この日、結局1度もこの孫の声を聞くことはありませんでした。
毒親の特徴は受け継がれていくものなのか
伯母にかんしては、私はそれほど関わりがないので、ここでは敢えて毒呼ばわりすることは避けておきます。
私が様子をみていて思っただけのことで、あくまで私個人の感想という話だからです。
ただ、いつも直接被害を受けている毒祖母とこの伯母を比較した時に、私は両者に形は違えど共通点があることに気がつきました。
それは、どちらも相手を支配したがっているということです。
祖母の場合は、強引な言動で相手を直接支配したがるタイプ。
伯母の場合は、相手の内部に働きかけて、相手が離れていかないように依存させるタイプです。
祖母のようなタイプはわかりやすく嫌われるタイプなので、ある意味扱いやすいのかもしれませんが、危ないのは伯母のような一見支配されているとわかりにくいタイプだと私は思っています。
私の母は祖母と伯母の両方を兼ね備えたハイブリッドタイプでしたが(笑)、伯母は祖母のような攻撃性はないんですよね。
物言いは非常にやさしいです。
が、子どもや孫を自分の所有物のようにみているようなところがあって、たびたびそういう言動をしているところが私としては気になっていました。
「この子にはこれが合うのよね」
こんなフレーズをよく口にする伯母なのですが、そこにあるのは伯母の感情だけなのです。
その子の本当の思いはどこにあるのか、合うか合わないか、好きか嫌いかは実際にその子がやってみてから決めれば良いだけのことで、やる前から周りが決めつけてしまうのは本人の自立心を育む妨げになります。
私もそうでしたが、子供の頃の「ピアノの先生になりたい」「CA(キャビンアテンダント)になりたい」という夢は…
「ピアノの先生は儲からない」
「飛行機は危ない」
「公務員が一番いい」
という母の価値観によりすべて否定されました。小学校の時の話です。
今自分が当時の母と同じ状況にいて、我が家の長男も「スーパーのレジの人になりたい」などと夢を語りますが(コロコロ変わりはしますが 笑)、私はいつも「なれるといいね」と長男に話をします。
母が当時の私を否定してきた気持ちはいまだ理解できません。
私がレジ打ちの仕事を全力で否定することで、長男がどういう気持ちになるか私自身が一番分かっているからです。
夢を持ってワクワクした気持ちを親に共感してもらいたいと話したものの、それを真っ向から否定され別の価値観を押し付けられる。
夢は影をひそめ、そんな夢を抱いた自分に自責の念さえ感じるようになった子どもは、次第に自分の思いというのは持ってはダメなのかなと考えるようになっていきます。
支配する親というのは、相手に直接命令を出す以外にも、このように子どもを否定し、自分の価値観をそれとなく押し付けることでも支配してくるものなのです。
連鎖を断ち切るには毒に気づけるかどうかが大切
毒祖母のもとに育った私の毒母や毒疑惑の伯母などをみていると、毒親の特徴というのはそれなりに連鎖するのではないかと思わせます。
が、母の兄弟には1人全く毒感のない人がいます。
その人も伯母なのですが、彼女はそんな親の毒を早くから気がついて、実家を出たという経歴がありました。
一度過去を聞かせてくれたことがあったのですが、その伯母は当時勉強をしたくて大学進学を希望していたものの、両親(祖父母)から猛反対にあったのだそう。
「女がそんなに勉強する必要などない」
「公務員になれ」(←ネタかと思うくらい、毒親は公務員好き 笑)
学業成績が良かった伯母は、そうやって祖父母に押し切られ結局公務員になったのですが、それと同時に一人暮らしを始めたそうです。
そんな伯母にも子どもや孫がいますが、話していて思うことは彼女自身がすごく精神的に自立しているということです。
家という形にしばられておらず、子どもが育ち上がった現在、自分の趣味のために全国を飛び回っています。
ですが、見ていると子どもや孫との関係は非常に良好そう。
年に1回ほど孫を旅行に連れて行ったりしているものの、子ども家族の中に入り込み過ぎないライフスタイルを徹底しています。
そんな伯母は毒疑惑の伯母から「親の面倒もみないで薄情なヤツ」と陰口を言われているのを聞いたことがありますし、私の母も生前この伯母の事を悪く言っていました。
果たして、何が良くて何が悪いのか…。
全ては持っている価値観の違いだと思うのですが、毒疑惑の伯母からすれば「子どもは親の面倒をみるもの」という価値観が絶対なので、それをしていない(していないように見える)別の伯母に不快感を持ってしまう。
その別の伯母は、自分の生活を大事にした生き方をしたいという価値観。
決して親の面倒をみていないわけではなく、伯母なりの頻度で実家も訪れているし、関わりを持っているのだけど、価値観の違う毒疑惑伯母からするとそれが自由奔放に見えて気に食わない。
こんな様子から、私は毒親の特徴の連鎖というのは、本人が親からの毒に気が付けば断ち切れるものだと考えています。
おそらく、毒疑惑の伯母は祖母の毒の核心部分には気づいていないと思います。
祖母の表面的な激しさには嫌気をさしているものの、何かとあれやこれや祖母の世話を焼き、祖母の要求を通している毒疑惑伯母は、結局のところいまだに親と依存関係にあるように感じるからです。
そのため、自分の娘や孫に形は同じではないけれど、毒祖母と同じような支配を自然に行ってしまっている。
毒親の特徴を受け継がないためには…
■親の毒の部分をはっきりと認識する
■親と同じ事を子ども(孫)にしないと自覚する
ここに気が付けば、きっと毒は断ち切れると私は思っています。
私も感情的になってしまった時は、ハッと我に返って「今の言い方、すごくお母さんに似てたな…」と反省することがありますが、そういう時は必ず子どもに「言いすぎてごめん」などとフォローします。
私は母から「ごめん」という謝罪を一度も聞いたことがなかったので、これを子どもに言えるだけでも私は母と同じではないと思っています。
毒親育ちのみなさん、毒はなにかと長引きますが、毎日少しずつ自分にとって、そして家族にとって良い方向に向かうよう努力していきましょうね。
福岡市在住。年の差3兄弟を育てています。
次男が知的境界域の自閉症スペクトラム(ASD)です。
発達障害のこと、子育てのこと、趣味のビュッフェ巡りや旅行について書いています。
社会福祉士です。
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