次男の発達障害(自閉症スペクトラム)が判明するまで【4】:3~4歳までの成長記録まとめ

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今回で次男の発達障害(自閉症スペクトラム)が判明するまでの成長記録はとりあえず終了になります。

arrow47_004次男の発達障害(自閉症スペクトラム)が判明するまで【1】:0~1歳までの成長記録まとめ

arrow47_004次男の発達障害(自閉症スペクトラム)が判明するまで【2】:1~2歳までの成長記録まとめ

arrow47_004次男の発達障害(自閉症スペクトラム)が判明するまで【3】:2~3歳までの成長記録まとめ

 

現在4歳ですが、また5歳になった時点でこの成長記録の続きを書こうかと…。

 

癇癪とこだわりを特徴にもつ次男との生活はいまだに大変なことも多いのですが、こうやって過去を振り返ってみることで、「次男は確実に成長している」ということを私自身が改めて実感できています。

 

忙殺される毎日を過ごしていると、そんな成長もついつい忘れてしまって、出来ないことばかりに目が向いてしまい…。ダメですね。

 

今回は3歳~4歳までの成長記録についてまとめていますが、この一年は言葉が随分成長した時期です。

 

滑舌が悪く言い間違いも多いため、まだまだ同月齢の子たちのようには喋ることはできませんが、言葉での意思表示をしようとする気持ちが次男から感じられるようになりました。

 

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3歳1ヶ月~3歳6ヶ月:言葉が増えてきた時期

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■療育へ通う準備を始める(3歳1ヶ月)

2歳代から公的機関を利用して次男の発育相談をしていた私ですが、3歳になってからようやく療育へ通うための具体的な段取りにとりかかりました。

 

前回の記事にも書きましたが、当時住んでいた熊本市では療育に通うためには療育手帳の取得だけでは不十分で、デイサービスの受給者証というのを別途取得する必要があります。

(療育手帳は取得していなくても、デイサービスの受給者証さえあれば療育への通所はできるため、手帳を取得していなくて療育に通っておられる方も多くいました)
参考熊本市発達障がい者支援センターで相談できます。

 

療育手帳の取得は比較的時間がかからなかったものの、この受給者証の発行までにかなりの手間と時間がかかりました。

 

療育所と直接契約するわけではないので、間に事業所が入ってそこと事業計画を取り決めます。

 

計画案の作成にも3ヶ月ほどかかり、これがわかった時には我が家には転勤の話が出ていました。

 

「2歳から発達相談にいっていたのに、なぜ1年経っても療育に通えないのだろう」

 

と、当時の私はものすごくモヤモヤしていた記憶があります。

 

地域差もあるかもしれませんが、お子さんを療育に通わせたいと思っている方は、とにかく早め早めに行動すべきです。

 

結局、熊本市では苦労して通いだした療育も1ヶ月しか通えませんでしたが、その1ヶ月でも非常に大きな効果がありました。

 

詳しくはまた後ほどお話します。

 

■初めて「おかあしゃん(お母さん)」と話す(3歳2ヶ月)

この頃から言葉が少しずつ出始めます。

 

他にも、「来て」「うんち」など言葉で意思表示できることが増えてきました。

 

まだ単語での会話でしたが、これまでほとんど発語らしいものがなかった次男にとっては、これは大きな進歩でした。

 

■電気スイッチへの執着がひどくなる(3歳2ヶ月)

次男の電気スイッチへの執着にかんしては以前の記事にも書きましたが、この頃が電気のスイッチにかんしてはもっともこだわりが強かった時期です。

arrow47_004発達障害児が持つ強いこだわりへの対処法。パニックを回避する我が家なりの接し方をご紹介します。

 

家でも外でも電気のスイッチばかりを探している状態で、それを目ざとく見つけるとあっという間にその場から逃亡してしまうので、お出かけが本当に大変でした。

 

しかも、それを阻止すると凄まじい癇癪を起こして暴れたくる日々。

 

私がノイローゼになりそうでしたが、これが療育に行き始めてから改善の傾向に向かいます。

 

 




 

 

■福岡市にて1回目の発達検査へ(3歳4ヶ月)

福岡市には区ごとに児童の発達相談ができる機関があります。

 

私は引越しの予定があったので、来年度住むであろう区で次男の発達検査を受けました。

 

結果は知能指数58(1歳11ヶ月程度)でした。

 

やはり言語面での遅れがこの時も目立っていました。

 

そして、以前熊本市では「軽度知的障害」と診断されていた次男ですが、この時に「自閉症スペクトラム」と診断名が変わりました。

 

■療育へ週2回通うように(3歳5ヶ月)

療育へは、幼稚園の降園後に週2回、1回1時間通うようになりました。

 

そして療育に通い始めてからは、次男の様子に少しずつ変化がでてきます。

 

母子通園だったのですが、最初は椅子にも座れずウロウロしてばかりだった次男も、回を重ねるごとにできるようになり。

 

そこの療育では個別課題もあったのですが、先生とパズルをしたりビーズの糸通しをしたりするのは難なくこなせていました。

 

この一連の様子をみていて、やはり次男に必要なのは「協調性を学ぶこと」だと実感。

 

ここの療育で「ダメなことはダメ」だと教える方法を教わった事が一番の収穫でした。

arrow47_004発達障害児が持つ強いこだわりへの対処法。パニックを回避する我が家なりの接し方をご紹介します。

 

おかげで電気のスイッチへの執着も次第に薄れていきました。

 

しばらく慣れてからは、療育にも次男単独で通うようになり、返って私がいない方が療育での取り組み方がしっかりしていたようで、やはり私がそばにいると甘えが出るのだろうと実感しました。

 

■電気スイッチブームが終わりホクロへの執着が始まる(3歳5ヶ月)

「こだわりというのは形を変えて今後も続きます」と療育のスタッフから言われたとおり、電気のスイッチブームが去ったあとは自分の腕にあるホクロに執着するようになりました。

 

ある日、自分の腕にホクロがあることに気付いた次男。

 

最初は汚れだと思ったらしく一生懸命洗っていたのですが、それが取れずにパニックになりました。

 

「ホクロっていって、取れないものなんだよ」

 

と話しても次男には通じず。

 

ホクロを見たくないために、洋服の袖は常に手に持ち引っ張ったまま。

 

服を脱ぎたくないので、お風呂も拒否するようになりました。

 

この時期も本当に大変だった…。

 

絆創膏を貼ろうとしてもダメ。リストバンドなどもしたがらないので、袖を引っ張っている方の肩はいつも露出し、常に手は袖を握り締めているような状態でした。

 

入浴もパニックになって嫌がるものの、このまま次男の言うことを聞いていては「暴れれば要求が通る」と思われても困ると思い、毎日風呂場まで強制連行していた記憶があります。

 

こんな状態がしばらく続きましたが、そのうちにホクロをちょっとずつ確認するようになり、いつの間にかほくろへの執着はなくなっていました。

(完全になくなるまで数ヶ月はかかったと思います)

 

自閉症スペクトラムのこだわりの強さを思い知った時です。

 

次男は今でもエレベーターのボタンは自分が絶対押すなどのこだわりがありますが、このようなこだわりの対象は一定のサイクルで変わっていきます

 

このことから、次男にはその「物」へのこだわりをなくさせるということよりかは、今執着している物から興味をそらす(気持ちを切り替えられるような)練習をすべきなのだと感じています。

 

次男の中には彼なりの行動にたいする一連の流れというものが確立していて、それが思い通りにいかなかった場合にパニックになります。

 

多くの人が「ま、今回はいっか」で済ませられるところが、次男には難しいのです。

 

世の中思い通りにいかない事の方が多い中、次男のようなこだわりがあることは本人が一番辛い思いをしてしまいます。

 

この「気持ちの切り替え」については来年度から通う療育センターの入園前のモニタリングにおいても伝えてあり、次男への個別の取り組みとしてお願いしているところです。

 

■福岡市の私立幼稚園へ入園する(3歳5ヶ月)

次男が3歳5ヶ月の時に熊本市から福岡市へ引越しをしました。

 

「なるべく多くの子供と一緒に過ごさせたい」という思いがあったので、地域でも有数のマンモス園に通わせる事にしました。

 

というのも、子供の数が多い分だけいろんな性格の子供がいるだろうという思いから、その方が次男にたくさんの刺激を与えられると考えていたからです。

 

ただ、福岡市の私立幼稚園は多くが制服登園で、着るものにこだわりのある次男は入園式当日も制服を着たくないと大暴れしました。

 

主人と二人で30分かかってどうにか着せましたが、入園式本番も一人泣いてばかりで記念写真もばっちり泣き顔(笑)

 

「これは今後どうなることか…」と思っていたら、翌日からはすんなり制服を着て登園していきました。

 

「物事の見通しを立ててやる事の大切さ」を実感したのがこの時です。

 

私は今では必ず「次男にとって何か特別な事がある場合」には前日からその詳細を話して聞かせています。

 

遠足やお遊戯会など、いつもと服装や持ち物が違う場合や登園日が異なる場合などです。

 

幼稚園からのお便りを見せながら(幼稚園のお便りはたいてい絵が添えられているので次男にもわかりやすい)何度も話しています。

 

そうすることで、当日に本人が混乱することなく行動できるのでこれはとても有効な手段だと感じています。

 

■オムツがとれる(3歳6ヶ月)

トイレトレーニングにかんしては以前も書きましたが、3歳6ヶ月前に一時中断していたトレーニングを再開しました。

arrow47_004発達障害児のオムツはずしは特に大変!3歳半でとれた我が家のトイレトレーニング法をご紹介します。

 

パンツを嫌がるようになっていたので、この時はパンツをまずはかせてその感触に慣れさせながらその上からオムツをはかせて安心感を持たせる作戦をとっていました。

 

この方法だとすんなりパンツがはけるようになり、頻繁にトイレに誘っていた結果、あっという間にトイレで用が足せるようになりました。

 

2歳代から始めていたトレーニングはなんだったのか…というくらいあっさりと。。

 

我が家が行ったトイレトレーニングの詳細は別途記事をごらんください。

 

 




 

 

3歳7ヶ月~4歳:協調性が伸び始める時期

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■グループ療育参加の手続きを始める(3歳7ヶ月)

福岡市には通常の幼稚園のような形態で通える「療育センター」というものがあります。

 

熊本市からこちらに引っ越してくる前は、私は次男をそちらに入園させたいと思っていたのですが、問合わせた時には定員は既に満員。キャンセル待ち状態でした。

 

そのため、月1回行われているグループ療育の方にも登録しようと思ったところ、こちらもキャンセル待ち。

 

引越し後数ヶ月経ってからグループ療育の空きの連絡がきたため、その手続きをしていました。

 

グループ療育ではサーキットトレーニングなど毎回趣向を凝らした取り組みがされていて次男も楽しげに通っていたのですが、なにせ月1回と回数が少なく…。

 

希望者が多いためこれでもギリギリなようなのですが、もう少し回数を増やしてもらえればと個人的には思っていました。

 

■幼稚園で協調性の成長が見られるように(3歳8ヶ月)

保育参観などでみる次男の様子に協調性を感じるようになったのがこの頃です。

 

これまでは人に興味がなかった次男ですが、幼稚園での制作や片付けなど周りの様子を確認しながら同じように行動する様子がみられるように。

 

一人ウロウロすることもなく、次男の特性を知らない人がみれば一見発達障害児には見えないような次男の成長ぶりに驚きました。

(相変わらず家では癇癪満載の日々でしたが)

 

担任の先生からも「幼稚園では癇癪などほとんど起こさないんですよ」とのお話に耳を疑っていましたが、このような次男の様子を目の当たりにして「次男も外で自分なりに頑張っているのだな」と感慨深かったです。

 

■スイミングの見学にいく(3歳9ヶ月)

次男はもともと水にたいする抵抗がなく、どちらかというと水好きな様子がみられていたため、この頃からスイミング教室を検討していました。

 

スイミングは発達障害児の心身の成長にも良いと聞いていたので「まずは体験だけでも」と行ってみたところ、ちゃんと先生の言うことを聞きながら楽しそうにプールで浮いている様子が…。

 

実際通いだしたのは4歳過ぎでしたが、今でも週2回楽しそうにスイミングに通っています。

arrow47_004発達障害児の習い事には水泳がおすすめ。スイミング教室で実際に感じた効果とは?

 

■観察力に驚く(3歳10ヶ月)

お天気の良い日には、我が家のリビングからは晩御飯時に月がみえるのですが、ある時その月が動くことを知った次男はそれ以来月を怖がるようになりました。

 

これはご飯を食べ始めた時に月がいた位置と、食べ終わってふと外を見た時の月の位置が変わっていた事が原因で、この件で次男の観察力を再認識しました。

 

次男は目から情報を得るのが得意なようで(それが悪い方に働くと落ち着きのなさとして出てしまうのですが)、それ故目で見て記憶していることが結構多いです。

 

数字やアルファベットなどもそうなのですが、月に関しても位置関係を把握しながら眺めていて、それが動くものだと知らなかったため次男は月とはなんなのかが分からず怖くなったものと思われます。

 

この日以来、次男は夜になると「おちかしゃ(お月様)いる?」と私に確認してくるように。

 

ビクビクしながらカーテンを閉めている様子がとてもかわいいです(笑)

 

■療育センター通園前に2回目の発達検査を受ける(4歳)

来年度(年中)からは療育センターの通園を希望していたので、願書受付の11月に早々に申し込みました。

 

それを受けての2回目の発達検査があったのですが、知能指数は68(2歳9ヶ月)にまで伸びていました。

 

前回が3歳4ヶ月の時に1歳11ヶ月と判定されていたので、この伸びにスタッフの方も一緒になって喜んでくれました。

 

言語面も2歳程度までは伸びていたのでとても嬉しく思った記憶があります。

(前回、言語面は1歳未満の判定でした)

 

現在次男が通っている私立幼稚園も彼の成長を大きく促してくれた存在であったとありがたく思ってはいるのですが、1クラス40人弱という超マンモス幼稚園だと、やはり児童一人ひとりの細かい部分(お友達との関わり方)などまでは先生方も目が届きにくい様子を感じていました。

 

来年度からの療育センターは1クラス12人で先生は3人つきます。

 

これだけでなく、児童一人ひとりの個性に合わせた関わり方をしてくれるよう常に家庭と園が連携していく体制が整えられているそうなので、私はその部分に大きく期待しています。

 

やはり素人の私としては専門家から教えを頂きたい部分もありますし、頼りたい時もあります。

 

この1年でも次男はずいぶん成長を見せてくれましたが、来年度も次男と一緒に頑張っていきたいと思っています。

 

4回に渡り長々と次男の成長記録についてまとめてきましたが、どなたかのご参考になれば幸いです。

 

発達障害児は十人十色の個性や特徴を持っているものです。

 

決して一つの物差しではかれるようなものではありませんが、次男のようなケースもあることを知っていただいて、我が子の成長のことで気になっている方の気づきのきっかけになれば…と思っています。

 

 

 

 

コメント

  1. はじめまして。偶然、こちらのブログを見つけ拝見いたしました。
    私が毒親から育てられたこと、次男が自閉症で軽度知的障害をもつこと。癇癪のおこしかた(後頭部をぶつける)、言葉の発達、知能指数など、環境や子どものことほぼ全て同じで、うちのことじゃないかと(笑)思わずコメントしました。うちも4月に転勤で北九州市にきました。うちの自閉くんは来月4歳になります。

    • あき様
      ブログへのご訪問とコメントありがとうございました。

      本当に同じような境遇ですね!私もびっくりしました。
      次男さんは来月4歳ということは、現在年少さんでしょうか。
      後頭部強打の癇癪は本当にハラハラしますよね。

      あきさんも毒親育ちということで、親の事と子どもの事となにかと日々大変でしょうが、私も似たような境遇の方達の救いになれれば…と思いブログを続けています。
      よかったらまだのぞきにきてくださいね。
      コメント、嬉しかったです^^

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